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更新日 6月17日
MARANATHA 航海日記 07
皆さんお久しぶりです、初めていらした方は初めまして。
04年11月よりUSテキサスから1976製FORMOSA41フィートでキャプテンDesとカリブ海を航海しております。気軽にメール下さい。
数値換算表
距離1マイル=1.6km
波の高さ1フィート=30cm
風10ノット=約5m/秒

6月17日
永い間更新していませんでしたが日本の皆さん元気ですか?そっちは梅雨真っ盛りですよね、少し雨分けてくださいこっちにも。

LosRoques
6月5日〜6日La BlanquillaからLosRoquesまで120マイル、本当は途中のTortugaを経由する予定だったがテリーとフランキーに会いそうで(それは嘘で)、今年の最終目的地はPuertoLaCruz、LosRoqueの帰りにTortugaは寄れると言う事で直接行く事に。JuanGriegoを離れた時点でPuertoLaCruに戻るまでガソリン、ディーゼル、ガスボンベの補給は望む事が出来ず、風が悪くともセーリングで向かうしかない。余談だがLa Blanquillaに着いてわずか二日目でガスボンベが空になり電子レンジ(あってよかった)のみが調理道具となった。
風は12-25ノットとそこそこあるが、向きが完全に真後ろでしかも波は常に3m近くある。ジブに風が入らなくなるのを恐れ、ミズンとジブだけのセーリングをチョイス(24時間以上掛かる距離をアクシデントジャイブを気にしながらセーリングはしたくなかった)故に最高速6ノット平均5ノットしか得られず24時間の予定が26時間を要した。今までの最高と思える波は容赦なく船の横っ腹を襲い、こんなちっぽけな船は海の中では無力だなと痛感した。然しながら26時間かけて到着した達成感は言いがたいものがある。
ここは何十もの小さな島からなる一大さんご礁諸島とも言うか非常にまれな場所である、島の大半は自然保護区に指定されている。Polamarで国内チェックアウト(国内を移動する場合でもメジャーな港に行く場合はチェックアウトしないといけない)しここでチェックイン。コーストガード、アーミー、パーク管理など計4箇所を回り最後にパーク使用料200,000BS(約1万円高いでしょ)を払い2週間の滞在許可を貰った。水もそろそろ底を尽きそう、、、さてこれからどうなる、、、。

La Blanquilla
5月30日Juan GriegoからLa Blanquillaまで60マイル15ノット以上の風をビームに受けて最高のセーリングのはずがそれは最初の2時間だけそのあとは完全に風が死んでエンジンを使うしかない状態に、4:30pmに到着したが最後まで風は戻らず波だけは高く最悪のコンディション、まあこういうこともあるよね。
La Blanquillaはフィッシングキャンプと少数のコーストガードが住むだけの島、何キロにも続く白浜と絵の具を零したような海の色、最高!!ビーチの近くにアンカーし浜までスノーケリングで、一度もディンギー降ろしませんでした。

 
Dアンカレッジのすぐ横


過去トップ3の綺麗さ


毎日休まずがんばります

 
このパンおいしかった


これペンタックスの簡単カメラで撮りました


.これも、オリンパスがんばれ

隣のドイツ人とオーストリア人と一緒にビーチでバーベキュー。日本人がもちを焼くみたいに棒にパンを巻いて焼いてました、すごくおいしかった。この景色と雰囲気なら何食べてもおいしいはず。
別の日にすぐ隣のアメリカーノベイに移動、過去にアメリカ人がここに住んでいて自分専用の滑走路を持っていたそう。今までのベスト3に絶対入りそうな最高のビーチ、綺麗な水と魚達。ここに自分達だけってなんて贅沢。でも両サイドを岩に囲まれ波で船は常に揺れ夜になると打ち寄せる波の音がうるさくなななか眠れない、ここは昼間だけいる方がベストのようです。

マメリカーノベイ今は誰も住んでいない


最高のビーチ


.この下のシュノーケリング最高!!



Juan Griego
5月25日、島の北側の主要都市Juan GriegoへPolamarでDesのベネズエラ人の友人でJuanが合流全く今までセーリングした事ないし、泳げないのだそう、、、大丈夫かな?
風もちょうど良く初めての彼にはいい経験になったのでは。
Juan Griegoは僕達がイメージしていたベネズエラがありました。ちょうど良いサイズの町で何でも歩いていく距離で手に入る。
特にオランダ人が経営している、パトリックスは最高!!夜はベイにいるセイラー全員とローカルがミックスで楽しい宴、昼はベーカリーでサンドイッチを購入し持参、珈琲とオレンジジュースを頼んでフリーインターネット三昧。ここがあったせいで2日間の予定が5日間にも、、、。でも海はプランクトンか何かの関係で濁った感じでとても泳ぐ気にはなれないのが残念。

 
tかわいい教会


地元の漁船


またまた綺麗な夕日

ここでもう一つ残念な出来事が、、、、。最初にDRで一緒にハリケーンシーズンを過ごし、その後Grenadaから一緒にセーリングしてきたテリーとフランキーと別々になる事に。

元々常にハイパービッチ(何にでも文句を言うやな女の事、いい所も沢山あるんですが)なフランキーが3日間続けて最悪な状態。今まで何かとPCの事でHELPデスクみたいな事をやってきてあげた私ですがその日彼らのPCが立ち上がらなくなって見てくれって言うので見てあげると確かに調子は良くないが十分使える状態、でも「こんなPC買わなきゃ良かった!!」ってすごい音立ててPC(これ僕が見立てて一緒に買ったもの)を鞄にしまいさっさと店を出て行ってしまいました、まるで小学生の様な態度に唖然、、、。PCが調子悪いの私のせい??

次の日ここを一緒に出る約束をしていて最後だからレストランで食べましょって事で6pmにビーチで待ち合わせ。またまた些細な事でハイパームードにその後もレストランまで歩く道すがらとにかく機嫌が悪い。
レストランについて椅子をすごい音立てて引くし、そこでDesが切れて「いつまでハイパームード続ける気?こっちが気分悪い」。フランキー「それなら私は船に帰る」ってひとりでレストランを出て行っちゃいました。ひとりで帰れるわけもなくテリーも後を追い(後を追っかけたテリーにもがっかり)。二人で食事を済ませ。ここで明日は自分達だけで出ようって決めました!!あのビッチ女にはうんざりだ!!ブスでビッチは手の施しようがない!!

こんなしようも無いこと長々と書いてしまいましたがこうでもしないと気持ちが治まらない。
次の日の朝予定通り6amに僕達だけで出発、テリーだけ挨拶に来てくれて、「フランキーはPolamarから飛行機でFloridaに返す、俺ももううんざりだ」ってこれであの二人とも永遠に会えないなって。

 
ここの料理最高、少し高め


JuanとDes


彼女最高に親切


Palamarl &Coche
5月24日までその後も買い物とソーシャルライフに明け暮れておりました、ここは今までと違いヨーロッパ特にドイツスカンジナビアからの船が多く公用語がスペイン語とイギリス人のDesキャプテンにアドバンテージをあまり感じないのは面白いと思いました。でも皆で話す時は英語なんだけどね。

今までどうしてもトライしてみたかったスポーツ「カイトボード」、Coche すぐ隣の島がここいらのメッカ
で行ってみると少なくとも20ものカイトが上がっている、友人の紹介でベネズエラ人だけどフロリダで育ったAREXを紹介してもらい彼が先生で3日間のトレーニングコース250USドルなりを受講。
初日は小さなカイトでトレーニング、二日目9メータのボカイトで陸でニュートラルポジションとランディング、ランチングの練習とボードなしで海に入りパワーゾーンでドラッギングし感覚を習得、3日目は今までの練習を踏まえボードに乗る練習、、、いきなり難しくなる。カイトニュートラルポジションでキープするだけでも簡単じゃないのにそれをキープしボードを履く、、、、想像出来ます?
AREX曰く3日目の午前で基本的にトレーニングは終了、後は練習あるのみ。
次の日マルガリータにウォータータクシー(ちなみに私達4時間掛けてCocheに来たのですが200HPのエンジン2機のこれは20分です)でEl Yaque(マルガリータのウインドサーフィンのメッカ)で自分達用のカイト、ボード、ウエアを購入(決して安い買い物ではありません)。
次の日から自分達で練習するも購入したカイトがDカイトでボウカイトに比べエキスパートユース、ニュートラルポジションを保つだけでも困難という有様トホホ。でもそれにもめげず何とかボードを履いて2,3秒は進むまでこぎつけました。
カイトボードに明け暮れたCocheでしたが、すばらしい白浜が何キロも続き、小さなレストランがひとつしかない町では8ドルで最高のシーフードミックスのディナーを堪能。絶対俺がCocheでの最初の日本人!!もし僕より前に行ったことのある人一報下さい。

 
見た目は上手そう...


これ本当に旨かった


ちょっと良い感じの夕日!

 
これが本当のカイトボード.


Desもがんばりました


ベネズエラ、Norway、Briz、Jap
カンパーイ!!
!

4月25日
Margarita Island
GrenadaからLos Testigosを経由してマルガリータ島に無事到着しました。
心配していた入国審査も無事終了しました。通常入国審査はあまりにも大変なので自分ではやらずエージェントに頼むのが普通のようです、僕らも二人で70ドル払い、やってもらいました。もっとも何箇所もタクシーで回りスペイン語でって言うのも非現実的ですけど。

ここに来る前はベネズエラは貧富の差が激しく危険だとか色々聞いていましたが、少なくともここは思ったより安全で、って寝るときディンギーは海から揚げるし、怪しい場所では絶対カードスワイプしないし基本は守らなきゃいけないけど。もっともここはリゾートで金持ちしかいないかも知れないけど。
スーパーで買い物してカードで払おうとしたらパスポートを所持していないと駄目。こういうところすごい南アメリカっぽい、人も信じて騙される方が悪いって考え。でもスーパーには何でもあっって、ヨーロッパ、南アメリカ、カリブとすごいインターナショナル。日本のスーパーより数段いい。
通貨は2,000Bsが約100円。スーパーで1万5千円ほど買ったら値段が30,000Bs。数字を見るだけで卒倒しそう。でもすごい沢山買ってこの値段はありです、ここなら十分楽しめそう。
ガソリンもめちゃ安い USの5分の1以下って事は日本と比べると?、、、ワーオ。

ここはハワイ??

ビーチバーでのんびり

全てが揃うスーパー
4月22日
4月19日の夜8時にGrenada Prickly bayを出て85マイルを14時間で Venezuela Los Testigosに到着。最初の3時間くらいは風も17〜25ノット、でも波は8〜10フィートと高くしかも潮流の関係で変に船にぶつかって来てかなり運転が難しかった。それもGrenadaから遠のくにつれ収まり快適なセーリングが出来た。
Los Testigos
ここは4,5個の小さな島からなり、人口70人程度、ここでは入国審査出来ず、コーストガードに報告するのみ。予想はしていたが全く英語は話してくれない(話せないのか、話さないのか?)こんな小さな島のコーストガードなのに迷彩の軍服と編み上げブーツ全く笑顔を見せないしかなりシリアス。ここがベネズエラへの北からの入り口だからそうだろうね、、、。
48時間だけ滞在することを許され、初日は町の反対側の真っ白な砂浜とエメラルドグリーンの海の続く湾でアンカー。Prickly bayがrollyで最悪だったのでここはまるで天国、BAHAMAに戻ったみたい。ここも綺麗だがDesがもっと綺麗な場所があるというので次の日に移動、それが写真の場所。
カメラのコマーシャルだってこんな綺麗な場所は出てこない、本当に幸せ。
ビーチには私たちだけこんな贅沢ってある?

町からの展望

ボートから

この写真どう?

GRENADA

最高の夕日

Hog Island Bar Gohger

スチールドラムのグループ

4月15日
Grenadaに来てもう1ヶ月が経とうとしているが未だにPrickly Bayにいる、その間二度ほどHog Island(船で40分の場所)に行ったがそれでけ、それ以外の時間は古い船お決まりのバーニッシュ。それとウインドジェネレーターが完全に死んでケースベアリング共交換が必要でケースのデリバリー(トリニダードから)を約1週間待ち。セーリング開始したときに買ったディンギーが遂にいかれて、友人より10万円でハードボトムディンギーを買った。
その関係でダビッツ(ディンギーを吊るすもの)を交換しなくてはならなくなった。幸運にもSPICE ISLAND MARINAに腕のいいフランス人のステーンレス職人が居て1日で作ってくれた、でもまだトライしていない。

Hog Lslandではしゃぐ

新しいダビッツ   
3月19日
今年のセーリングシーズン開始は少し遅くなった、お金をもう少し貯めないとと思った事と母親の足の具合があまり良くない事、今入院治療中だがだいぶ良くなったと姉から聞いている、1ヶ月で帰るなんて寝言言ってましたが7月中旬まで帰れません、母ちゃん、姉ちゃん達ごめん、もう少しがんばって帰ったらちゃんと親孝行するから。

NYC経由で2日掛けてGrenadaに到着。入国もなんの問題も無く終了。あれ?俺の荷物出て来ないジャン、、、。その他10人ほど同じ状態でLOST BAGの手続きして空港を出たのが夜10時ごろ。疲れているかと思ったら意外と元気でそのままTIKI BAR(PRICKLY BAYのセーラーに優しいBARです)で軽く一杯。
そこから見る景色は全く1年前と同じ、当然船は変わっているけど数隻は場所も同じ。帰ってきたって感じでちょっと笑っちゃいました。